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よろず人生問題を、哲学的方法でズバリ解決!悩みよ、さらば 自殺には、なぜ個人の自由意志による遂行は許されないのか?

引用元http://wailing.org/kokoro/read.cgi?no=14922"> http://wailing.org/kokoro/read.cgi?no=14922

 

自殺には、なぜ個人の自由意志による遂行は許されないのか?

 

 

名前: 匿名

 

自殺ってなんでダメなんでしょう?

 

悩みは人それぞれであり、端から見れば些細なことでも当人からすれば死を選択するほどの重さになることもあると思います

 

さらに言えば自身の魂とは一番最初に与えられ一番最後に手放す唯一の他者に侵害されるべきでない持ち物のようにも感じます

 

他にも社会は一生命体と同じように考えており、不要な器官はアポトーシスのように消えるべきではないかと考えます

 

さて皆さんはどうお考えでしょうか?

 

よろしければ自身の意見をお聞かせください

 

(このスレは自殺を推奨するわけではありません。)

自殺には、なぜ個人の自由意志による遂行は許されないのか?

自殺には、なぜ個人の自由意志による遂行は許されないのか?

 

PotencialSecret~潜在意識活用マニュアル

回答1.“人間”の二重性−個的存在であり、同時に社会的存在でもある

 あなたはこのスレを、「自分の自殺を止めてくれ」という切実な思いで立てたのではなく、単に冷静な議論がしたかっただけのようです。

 

 ならば私も、気楽な感じで学問的立場から、「なぜ自殺は、ダメなのか」を説いていきます。

 

 まず、あなたやみなさんの議論を拝見して、スッポリ抜けていると思われるのが、“社会”という概念だと感じました。

 

 みながみな、「自分という個人にとって」、あるいは「人間一般から見た個人の立場から」、のみ自説を語っていらしたのは、印象的でした。

 

 そうした価値観にもとづいている限り、当然にみなさんは、「自分の命は、自分だけのもの」という前提により、議論をされていました。

 

 ところで上述したように、本当に「自分の命とは、自分だけのもの」なのでしょうか?

 

 私はこの解答は、50点だと思います。

 

 なぜなら、人間とは個的存在である“”であると同時に、社会的存在でもある“人間”でもあるからです。

2.「個人の命」の所有者という意味では、その個人よりも共同体のほうが重い

 まずあなたは、ご自分がひとりで大きくなったとお思いでしょうか?

 

 そんなことはもちろんなく、あなたはご両親や学校の先生等の大人に育てられ、成長したのです。

 

 そうした大人の人たちは、当然に町や社会や国といった“共同体”に属しています。

 

 そして共同体が、わざわざ膨大な手間ひまやおカネをかけ、あなたを育てた理由は、なんでしょうか?

 

 それはもちろん、あなたに共同体を維持・継続させるためです。

 

 そして“人類”という種にとっては、個人よりも共同体のほうがより重要視されます

 

 たしかに共同体とは、“個人”の集合体です。

 

 しかしもし、一人の個人が死んでも、それがよほどの重要人物でない限りその替わりになる人は、いくらでもいます

 

 ところが共同体そのものが絶滅してしまったらあらゆる“個人”は生きていけません

 

 そうした理由から共同体は個人を誕生させ、面倒を見ますが個人もまた、共同体の法にのっとり、自己の幸せや生き方を追求せざるを得ないのです。

 

 こうした点から、「あなたの命」というものは、あなたのものではあるが、同時に共同体のものであるということが理解できます。

 

つまりあなたは、「主体的に生きてはいるが、同時に共同体に生かされてもいる」のです。

 

 そして「あなたの命」の所有者という意味では、共同体のほうが、個人としてのあなたより、権利が重いのです。

 

 なぜなら、あなたは共同体がなければ生きていけないが、共同体にとっては、あなたの替わりはたくさん存在するからです。

 

 つまり、あなたが共同体に依っている生活資材や安全の保証などはあなたが共同体にあたえているものより、はるかに多いのです。

 

 こうした点に立脚すれば、あなたによる下記の説は、誤謬だとわかります。

 

 

>さらに言えば自身の魂とは一番最初に与えられ一番最後に手放す唯一の他者に侵害されるべきでない持ち物のようにも感じます

 

 

まずここから、共同体は個人に対し、ある程度は意思を統一してもらわないと、困ることになります。

 

 その「意思の統一」における重要な価値観のひとつは、「自殺の禁止」です。

 

 その理由はもちろん、共同体の成員が好きなように自分の命を絶ってしまえばその組織は立ち行かなくなるからです。

 

自殺には、なぜ個人の自由意志による遂行は許されないのか?

 

 このことは歴史的には、仏教、キリスト教、イスラム教といった世界宗教が、自殺者をさんざんに貶めた事実から、見えてきます。

自殺には、なぜ個人の自由意志による遂行は許されないのか?

自殺には、なぜ個人の自由意志による遂行は許されないのか?

 

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3.“死”を真剣に望む時点で、その者の精神は異常

 ただ私がこんなことを申しても、いままさに自分の命を絶とうとしている人には、なんの説得力もないでしょう。

 

 なぜなら、自ら死ぬゆく人の大部分は、個人的な理由により自殺を図るからです。

 

 そんな人たちに、「共同体うんぬん」といっても、まったく心に響かないと思います。

 

 よってここでは、共同体の視点ではなく、個人のレベルでなぜ自殺はいけないのかを、述べていきます。

 

 はじめに人間とは、食べて動いて眠るという、生きている状態が通常のあり方です。

 

 したがってその精神も、つねに「どう生きるか」という方向で働くのが、通例です。

 

 そこから、「人が真剣に“”を想う」ということは、その時点で異常だと言えます。

 

 つまり、外的にどのような出来事があったにせよ、あるいは内面的にどんな抑圧を感じようとも、人は本気で自殺しようとする時点でその心理は異常なのです。

 

 そしてもちろん、もし自殺が“成功”してしまった場合、もうその人は生き返ることができません。

 

 ここを逆に述べれば、もし彼のココロが正常に戻れていれば原則として自殺をしようとは、しなくなっていたはずです。

 

 つまりは自殺志願者とは基本的に一時的な混乱状態にあると言えるわけです。

 

 ならばその異常性に心をまかせ、本当に死んでしまえば、彼は後の人生で待っていたであろう“幸福”をも、感じられなくなります。

 

 くわえて自殺をしようとする人は、視野が極端に狭くなっている場合が、ほとんどです。

 

 よって、彼にとっては死を選ぶほどの大問題であろうと彼が冷静なときに見れば、どうということもない、というケースが非常に多いのです。

 

自殺には、なぜ個人の自由意志による遂行は許されないのか?

 

 ところであなたは、以下のようにおっしゃいます。

 

 

>悩みは人それぞれであり、端から見れば些細なことでも当人からすれば死を選択するほどの重さになることもあると思います

 

 

 ところがそこの説は、「死を選ぶほどの、抑圧の重さ」を感じている本人が、心身ともに健康であるという前提でしか意味をもちません

 

 そして「死を選ぶ人間の心理」とは、基本的には異常状態にあるのです。

 

 ならば、彼のまわりにいる人間にできることは、彼を“正気”に帰らせることのみでは、ないでしょうか?

4.自殺が許されるケースは、絶対にないのか?

 ただこうは述べても、自殺はどんな条件であろうとも許されなく、そこに例外はないと、私は断言できません

 

 つまり、条件により自殺が公的に認められてもいいのでは、と思う場合もあります。

 

 その状況とは、議論に出ていた“尊厳死”のようなケースです。

 

自殺には、なぜ個人の自由意志による遂行は許されないのか?

 

 これは本人の主観のみならず、どの第三者がどう見ても、彼は生き続けることにより苦痛しか感じられないであろうと思われる事例

 

 および同時に、共同体としても彼をそれ以上、生かすメリットはなくむしろ死んだほうが、みんなのためになるという状況です。

 

 もちろん上記のような場面では、判断がきわめてむずかしいでしょう。

 

 しかしともかくも、この章の結論として言えることは、以下のことです。

 

 一般に、真剣に自殺に向かう人の気持ちは、“”への確信に満ちあふれ、同時に他者の言葉など、耳に入らない状態にあります。

 

 だからこそ、こういう人を引き止めるのは、極めてむずかしいのです。

 

 しかしもし、ご自分がそうした精神状態にあるときこそ自殺の危機にあると言えます。

 

 よって、下に述べることは、たいへんに困難なことです。

 

 しかしうつ状態が激しくなったときほど、その自分を外部から冷静に見つめる、「もうひとりの自分」を、自分の心のなかに住まわせてあげてほしいと思います。

 

 ひょっとしたらそれにより、人はかろうじて自分を客観視し、「自殺をしなくてもいい理由」に気づくかもしれないからです。

自殺には、なぜ個人の自由意志による遂行は許されないのか?

自殺には、なぜ個人の自由意志による遂行は許されないのか?

 

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